プロフィール

カッピー18

兵庫県神戸市生まれ/兵庫県神戸市在住 3児の父です。
1978年3月生まれのA型

イラストレーター・デザイナー
イラスト制作・キャラクター制作・漫画制作・各種印刷物制作・ホームページ制作等を行っています。
親しみやすいイラストやデザインが得意です。
是非、サービス内容制作実績をご覧ください。

仕事に対する考え方
イラストなどを制作するにあたり「作家」としての感性もとても大切ですが、ご依頼頂きましたお仕事に関しては「作家」であるより「ビジネスマン」であることを意識しております。
制作職だけでなく、営業職を長く経験しており、お客様の立場に立って提案することを大切にしています。
ご紹介の仕事が多いのが何よりの誇りです。

事業概要

事業形態 個人事業主
所在地 兵庫県神戸市

※自宅にて事業を行っている為、名前・住所・電話番号等の連絡先の表示は控えさせて頂いております。
 お取引開始時に開示させて頂いております。
事業内容
  • ・オリジナルキャラクター制作
    (萌えキャラ・アニメタッチキャラ・動物キャラクター・似顔絵キャラクターなど)
  • ・イラスト制作
    (企業キャラクター・挿絵・動物キャラクターイラスト・ゲームイラスト・似顔絵・アドビイラストレーターによるaiイラスト・インテリアパース)
  • ・企業向け広告漫画制作
  • ・各種印刷物制作
    (チラシ広告・パンフレット・会社カタログ・DM・フライヤー・名刺・封筒・カレンダー等)
  • ・ホームページ制作(デザイン・コーディングまで)
  • ・ロゴ制作

濃くて長ーいプロフィール

カッピー18のプロフィール、お気軽にご覧く…
って、ながっ!
気軽に見れないよ!

そんなこと言っちゃ…って、フォローも入れにくいくらい確かに長いね。
でも、顔を合わせてからお仕事がスタート!って言うケースばかりじゃないからこそ、少しでもどういう人生を歩んできたか、どういう気持ちで仕事をしているか知ってもらいたいみたい。

もくじ

プロフィールをご覧頂きましてありがとうございます。
ちょっぴり、いやだいぶ長いプロフィールなのですが(笑)、今のご時世、メールやお電話などで、お互い顔も分からずお会いせずにお取引がスタートするケースも増えてきています。
だからこそ、少しでも私の事を知って頂ければと思い、これまでの私の歩んで来た道を書かせて頂きました。

もくじを見て興味を持った部分だけでもかいつまんでお付き合い頂ければ幸いです。

営業をしながらデザイナーへの転身を決意

大学卒業後は印刷用紙の卸商に就職、営業職をメインに在庫の管理や仕入れ、時には配達から断裁工場など色々な職種を経験。
営業職を選んだのは、父親からの「将来どんなことをやるにしろ、人と接する営業職を一度は経験するべきだ」と言うアドバイスからでした。
その後インテリアデザイナーを目指し、大学から続けていたアメフトを引退して週末にスクールに通う。

当時インテリアがとても好きだったのと、小さい頃から絵を描くのが好きだったので、インテリアパースを描く仕事に携われたらと考えていました。
通ったスクールの先生に「7年教師をしてきたが、間違いなく君がナンバーワンだ」と言われたことはちょっとした自慢です。
デザインに関する本も読み漁り、当時はインテリアデザイナーの森田恭通さんのネガティブな要素でもポジティブに変えてしまうような考え方がとても好きでした。
余談ですが、結局インテリアデザイナーにはなりませんでしたが、このスクールで出会った一人の友人は、ビルのパンフレットの仕事をくれたり今も仕事でも一緒する親友の一人です。懸命に取り組んだ時にできた縁は本当に財産です。

後ろ盾がなくなって、自分の無力を痛感する

その後、店舗デザインなどもしている工務店に転職
面接時には「制作の仕事は山ほどある」と言っていたはずが、前職の引き継ぎに時間もかかり、その間に会社の状況も変化。入ってみたら制作の仕事はほとんどなく、「来月からお前、歩合の営業な」と言い渡される…。

前職で毎月何千万の売り上げの営業・仕入れをしていたけれど、それは全て会社の看板のおかげ。分かっていたつもりでしたが、改めて身を持って自分の無力さを痛感しました。
新しい事業を会社としてノウハウもないまま丸投げ状態で、自分で手探りで営業ツールを作り不慣れな飛び込み営業の毎日。
インテリアパースもこの時期営業をしながら実務として経験しました。

住宅営業をしながら、自社のチラシやホームページを独学で制作

今度はその会社の元請け先にご縁があり転職。
ここでも当初の名目は制作職だったのですが、気がつけばメインは営業に…。
営業をしながら、会社の住宅見学会のチラシや自社のホームページやフランチャイズ向けの冊子などの制作を兼任していました。

住宅の営業はお客様にとって一生に一度の大切な買い物なので、今までのルートセールスとは違い、本当に対応一つとってもシビアな物でした。
自分の仕事に対する向き合い方の甘さが浮き彫りになり、大変でしたがとにかく鍛えられ、得る物が多い時期でした。
当時クロージングが苦手な自分でしたが、自身の作った営業ツールなどは好評で、集客面については高く評価されました。
チラシやホームページの制作は、この時期ほぼ独学で習得。
この頃より、インテリアデザイナーよりも印刷物やホームページの制作の方が充実感があって自分に向いていると感じだしていました。
絵を描くのがとにかく好きなので、ストックイラストなどに本職とは別に投稿を始めたのもこの時期でした。

ついに念願の制作職へ!!

ずっと住宅営業をするつもりもなかったので、神戸の制作会社へ転職。
当初はインテリアデザイナーを目指していたのですが、インテリアを追求する以上に、インテリアパースを描く、絵を描く仕事がしたいと言う動機が強かったので、印刷物の制作やイラストがより自分の能力を活かせると感じて、本格的に転身。
転職先の制作会社は独立前の前職になるのですが、DTPやホームページ制作のプロとしての知識や技を色々教わりました。
チラシや新聞広告、会社パンフレット、ホームページなどをメインに、賃貸ポータルを運営している会社だったので、ここでもやっぱり時々不動産会社へ飛び込み営業を(笑)
ここでは冊子やポスター用のイラストなど、社内のイラスト仕事を社内イラストレーターのような形でさせてもらっていました。

念願の制作をメインにした職種について、毎日が勉強でした。
実務経験が少ない状態での入社でしたので、社長が早く戦力になるように、かなり強引に仕事を押し込んでくれたおかげで技術や知識、仕事を覚えられました。
先輩デザイナーが「Nさん(本名)にこれ以上詰め込むのはやめてください!こんなのイジメです!」と社長に言ってくれたと言う状況にも(笑)
それくらい「これもいつまでにやってねー、これもこれも」と詰め込まれていました。
気遣ってくださるのもありがたかったですが、3人子持ちで戦力外になるより早く仕事をしっかり覚えたかったので、気遣ってくれた先輩にも大切な仕事をどんどん任せてくれた社長にも感謝しています。

企業向けキャラクターコンペに参加

仕事は大変でしたが、社長含めスタッフの人も素敵な方ばかりで人間関係に悩む事もなく、気に入っていた会社だったのですが、今後の収入面に不安も…。
そんな時に出会ったのが企業向けのキャラクターコンペでした。

前職の会社に不満は少なかったのですが、やはり雇われの制作職でこのご時世、なかなかお給料が厳しい面もあります。
運営しているポータルサイトも、検索エンジンのサジ加減でアップデートがあればアルゴリズムも変わり順位も不安定になります。自分が集客した地域の新しいサイトはなかなか収益が得れず。
そんな時に出会ったのが「もえしょく」と言ういわゆる擬人化、企業向けのキャラクターコンペでした。
当時から社内でのイラストなどは担当しており、社長に「プライベートの時間でキャラクターやイラストの仕事を取ってきますので」と提案したところ、「イラストやキャラクターは会社として力を入れる予定はない」と一蹴。
とは言え八方塞がりで、自分の能力をいかせると言えばイラストだったので、思い切って投稿をスタートしました。

無駄ではなかった営業時代の経験

企業向けのキャラクターコンペに参加して、多数キャラクターをご採用頂きました。
絵の上手な参加者がたくさんいる中、特に役に立ったのは営業時代の経験でした。

またこの参加させて頂いた、擬人化プロジェクトの「もえしょく」では、殿堂入りイラストレーターとして特設ページも作って頂きました。

会社はなんの為にお金を払ってキャラクターを作りたいのか、どんなキャラクターを作ればその目的を果たすことができるのか?
お困りごとに対して自分のフィルターを通して解決する。アプローチの仕方は営業と同じで、制作はそれを形として提供することだと思います。

イラストのおかげで新しくできた、たくさんの繋がり

企業向けのキャラクターコンペで多数キャラクターを採用してもらったことによって、友人・知人を通して「会ってみたい」と言ってくれる人が一気に増えました。
結果色々とイラストなどのお仕事を頂いたり、休日や平日の帰宅後から3〜4時まで副業とイラストの勉強&練習の毎日へ…。

普通の印刷物のデザインやホームページのデザインをしているだけだったら、これだけの人脈を得ることはできなかったと思います。
それだけイラストやキャラクターは印象が強く、人と人とをつないでくれる存在だと感じました。

フリーランスへ!

フリーランスとして独立することを決断することはとても大変な事でしたが、目先の安定よりもたくさんの方が会社の中の私でなく、「私個人」としてお付き合いしてくれることに大きな魅力を感じました。

出会いや仕事が増えたはいいけれど、毎日疲労困憊、せっかく「会いたい」と言ってくださっても、平日は早くても22時、23時の帰宅、日曜か少ない土曜休みくらいしか時間が取れず、本当にありがたい機会が結局うやむやになってしまうケースも多々あり、散々悩みました。
もちろん3児を持ちながら独立を決意することは、並大抵の事ではありませんでした。
それでも決断できたのは、チャンスをくれた人々、自分に価値を感じてくれた人との繋がりが目先の安定した給料よりも大切だと感じたからです。
そういうご縁がたくさん増えてきたので、独立して大切な家族を豊かにできるチャンスがあると感じています。

これから出会う皆さまへ

「カッピーさんのイラストはとても可愛いですね。上手ですね。」そうおっしゃっていただける時は、とても嬉しいです。
しかし、一度お仕事をさせてもらったお客様から、「カッピーさんは動物のイラストとかも描けるんですか?」と聞いて頂いた時の方が嬉しく感じました。
それはさせて頂いた仕事の中で、私の仕事の進め方や私自身を何かしら評価してくださったからだと感じるからです。

信頼は小さなことから築いていくものです。
小さなことからでけっこうです。制作に関すること、ぜひお気軽にお声がけください。
皆さまとの出会いを楽しみにしています。

ペンネームに込めた意味

18は背番号、カッピーは学生時代のニックネームです。

「このペンネームの18って数字は何なの?」ってよく聞かれますが、学生時代から社会人までスポーツの背番号で付けていた番号です。
自分にとって、とても大事な意味を込めています。

カッピーは大学時代、部活の同期に「カッピー」と呼ばれていたので、愛着もあってそのままペンネームに使いました。
この頃は自分の原点とも言える時期でした。
元のアダ名が「カツ」で、「P」と書いてる帽子をずっとかぶってたから「カッピー」だそうです(笑)

高校時代、バスケ部で期待に応えず逃げた後悔

中学校では剣道部に所属、高校では心機一転バスケ部に。
当時スラムダンクが全盛期だったのもあり、同学年の入部希望者が確か50名以上いました。

スポーツ校だったので練習も厳しく、次々と脱落していく中、3年生が引退して、ベンチに4名分空きができた時、一人の先輩が「お前ヘタクソやけど、やる」と渡してくれたのが18番のユニフォームでした。
4番から18番までの最後の番号です。
中学経験者や他にもっと上手な同期は山ほどいたのに、朝練も一番に来て、最後まで残って練習をしていたのを見ててくれていたのが本当に嬉しかったのを覚えています。

その後、同期の同高校の中等部経験者、外部中学からの経験者、初心者組との確執、派閥のような形がひどくなり、毎日がギスギスしてきて、自分自身もヘタクソなままでうまくいかない中、ついに自分もリタイア。1年生の途中で退部しました。

自分で部をなんとかしようと努力もせず、言い訳だけして逃げて、何よりおこぼれで18番のユニフォームを1試合でも着けさせてくれた先輩の気持ちを裏切った事が情けなくて恥ずかしかったことを覚えています。

アメフトの名門校、関西学院と近い学校だったので、西宮北口の駅でアメフト部の生徒を見かけて、体もガリガリ、運動神経も平凡以下の何より途中で逃げ出した負け犬の自分は、輝いてる彼らに「自分には関係ないや」と卑屈な感情や劣等感を抱いた時もありました。

アメリカンフットボールに挑戦!

その後大学に進学、大学に入ったらもう一度バスケに挑戦するかどうかずっと悩んでいました。
バスケでないにしろ、絶対に何かしようと思っていました。

その中でアメフトは関西学院の影響もあって、自分の中で「もっともかっこよく、でも自分には縁のなさそう」なスポーツでした。
でもここで思い切らなきゃ一生何しても逃げたままのような気がして、思い切って入部!
でも体重50kgのガリガリの身体を見て、初対面の先輩に「お前…、ほんまにできんのか…?」とキツーいひと言(笑)

18番を二度と諦めない戒めに

アメフトは1〜99番まで自由に番号を着けられます。
なので、二度と諦めて逃げない戒めや覚悟を込めて、一度期待を裏切ってしまった「18番」に。
キツイことも当然山ほどありましたが、18番のおかげで一度も辞めようと思ったことはありませんでした。

ポジションは一貫してDB(ディフェンスバック)。
最初はWR(ワイドレシーバー)だったのですが、あまりにボールが捕るのが下手なので転向。
DBはチーム1のアスリートが行くべきのポジションだったのでいろいろと大変でした(笑)

自分にもできる、と言う自信

大学卒業後には社会人チームでもプレイ。
相変わらずの実力でしたが、チームメイトにはあの高校の時にただ遠く見えた関西学院の選手も。

もちろんそんなTVで見ていた選手とはレベルに雲泥の差がありましたが、同じフィールドで「ナイディフェンス!!!」とハイタッチされ、同じフィールドで同じチームで戦えるんだと言うのは、高校時代に劣等感でぐちゃぐちゃになっていた自分の心に自信をもたらせてくれました。

カッピー18の18は不退転の決意。

小さい頃から絵だけは得意でした。むしろ絵しか取り柄がない少年だった気がします(笑)
アメフト部時代の友人と久々に会うと、「なんでお前そっちの方面に進まんかってん。」と言われることもありますが、もし美術部や美大に所属できたとしても、当時の自分の精神力じゃ本当に絵の上手い人、センスのある人に唯一の取り柄をうちのめされてダメになっていたかもしれません。

小さい身体で身体の大きいヤツに挑んできたから、自分より絵の上手な人にどう挑めばいいかを考えられます。
「これはちょっと無理かも…」と思った時は、体重50kgでアメフトに挑戦してことを思い出して踏ん張る事ができます。

最初に戻りますが、子供3人を抱えての独立は簡単ではありませんでした。
カッピー18の「18」に不退転の決意を込めて、これからも挑んでいきたいと思っています。

カッピー18ブログ
カッピー18のTwitter